べたれば

better late than never→略してべたれば。5年間引きこもった末にようやく社会復帰した発達障害(ADHD)持ち。「遅くても何もやらないよりマシ」をモットーに、社会復帰までの経緯や興味関心、今考えていることなどを書いていきます。

なんでGoogleでいくら「死にたい」とか「つらい」とか検索しても何も解決しないのかわかった

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へへへーん、わかっちゃったもんねー。

わかっちゃったよ。

なんでか。

 

あのさあ、生きててつらいって思う瞬間、誰にでもあると思うのね。

んでね、「死にたい」とか「つらい」とか「何もしたくない」とか、Googleで検索したことある人も多いと思うの。

 

ただね、そこで表示された検索結果に人生救われたとか、生きる活力が戻ってきたとか問題が解決したって人全体の何パーセントいんのかなって思うの。

そこで答えがYesの人、あんたは正常だ。

これ以上読み進める必要はない。

ゴー、ブラウザバック。

 

僕の場合はね、答えはNoなのさ。

 

じゃあ、なんでなーん?といろいろと考えたみたわけです。

んでね、たどり着いた答えはね。

 

「検索結果は何もしてくれない」

 

ということなのよ。

つまり何が言いたいのかというと、そこに書いてあることは結局「対処法」とか「落ち込んだ時にするべき〇〇つのこと」とかこちら側からのアクションを促すようなものばかりなわけよ。

 

いやね、その記事を書いた人は少しでも人々を勇気づけるために良かれと思って書いたのかも知れないけどさ、心の底から落ち込んでいて本っっっっっっっっっっ当に何もしたくない人がさ、そんなにたくさんのことができると思ってんの?って思うわけ。

 

読んでみてもさ、それができたら始めから落ち込んでねーよみたいなことばかり書いてあるしさ。

結局、自分を救えるのは自分しかいないんだという現実を突きつけられているようで余計に落ち込みさえするわけよ。

 

結局、自分が求めているのは無条件の許しなんだなと。

どんなに無能でも、どんなにクズでも、他者からの承認を求めているんだなと。

そして、Googleの検索結果にそういったことが書いてあったとしても、状況は何も変わらないわけよ。

自分が何かアクションを起こさない限り。

 

現実世界で「仕事したくない」って言えば「頑張れ」って言われて終わるし(だから言わない)、Googleに言っても「円満退職するための○○」とか「仕事がうまくいかない人必見!失敗しない転職」とかさ…

 

ちげーんだよ!

 

黙って俺を受け止めろ!

仕事がしたくないんだよ!

 

だークソ、埒が明かねえ!

俺の目には鱗が張り付きっぱなしだよ!

誰か俺の鱗を落としてみろよ!

 

こういう心理状態に陥ることから、自分が「どうしたいか」なんじゃなくて「どう扱われたいか」に重きを置いて世界と対峙しているんだなということが窺い知れる。

 

何もしたくないときは何もしなければいい。

そりゃそうだ。

100%同意する。

でも何かしようとも何もせずとも明日はやってきて、僕らの自由を奪っていくわけだ。

誰かの歌にあるように、明日に呼ばれて返事もろくに返さなければ職を失うわけよ。

生きていかれないわけよ。

いや、ホームレスにでも何でもなればいいじゃんっていう屁理屈はナシな。

 

2つに一つだ。

我慢してストレス抱えて神経すり減らすか、

人間やめるか。

 

ファック!ファッキンデッドエンド!

 

世の中情報量が多すぎる。

頭の整理が追い付かない。

どうしたら静かに暮らしていけるだろうか。

 

ジョジョだったら間違いなく吉良吉影が一番好きだ。

激しい「喜び」はいらない…
そのかわり深い「絶望」もない………
「植物の心」のような人生を…

そんな「平穏な生活」こそ私の目標だったのに………

これこそが今、僕が求めているものだ。

1週間、1ヶ月、あるいは半年、1年…

考える時間が欲しい。

 

今度は前向きに人生を良くするために考える時間を持ちたい。

そのためにポジティブにひきこもりたい。

先の5年間のひきこもりでは日夜自分を責め続けていたけど、それはもう十分。

 

いくら考えても出口が見えない。

果たしてこのトンネルに出口はあるのだろうか。

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