べたれば

better late than never→略してべたれば。5年間引きこもった末にようやく社会復帰した発達障害(ADHD)持ち。「遅くても何もやらないよりマシ」をモットーに、社会復帰までの経緯や興味関心、今考えていることなどを書いていきます。

酸素を補充して穴を掘り続ける

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静かな生活、一酸化炭素の握手、警報も、驚きもなく

 

炭鉱夫のようにひたすらに、穴を掘り続けるような人生を送りたい。

 

僕は人生において自分自身を見つめ続けて、その奥底にある闇の中にぼんやりと灯る光を取り出そうともがいている。

それは穴を掘ることにとても似ているように思う。

その穴を掘り続けた先に何が出るのかはわからない。

それがダイヤの原石なのか、化石燃料なのか、温泉なのか、あるいはどれだけ掘り進んだところでゴミしか出てこないのかも知れない。
気が付けばコアまで掘り進んで自らの身を焼き尽くすことになるかもしれない。

真っすぐに掘り進まなければ、全く異なる見当違いの地表に出ることもあるかも知れない。

とにかく、ミスタードリラーススムくんよろしく掘って掘って掘りまくりたいのである。

 

今僕が身を置いている環境というのは穴掘りとは遠いところに位置していると思う。

どちらかというと、収穫、あるいは搾取にも近いのではないだろうか。「効率」といった化学薬品にまみれた果実をひたすらに生産しつづけ、世に放つのである。農薬にまみれた禁断の果実を。悪い蛇にそそのかされて。

人と人との利害関係の間に立ち、花の蜜を追い求め無軌道に飛び回る蝶のように自身の立ち位置をどこに置くべきか、決めあぐねている。

かといって蜂のように刺すほどの度胸も気概もない。

 

内に掘り進んでいくということは危険をともなう行為だ。

掘れば掘るほどに酸素は薄くなっていく。

僕にとって一般社会で暮らしていくということは、一酸化炭素まみれの空間に放り込まれるようなもので、そこに長く身を置くということ、それすなわち、窒息を意味する。

そんな中に居ながらにして穴を掘り続けようものなら、たちまち息絶えてしまうだろう。

だから、穴を掘るためには酸素が必要なのである。

酸素を補充しなくては深層にある真相に近づかずして、掘削はあっけなく終焉を迎えてしまう。

 

今の僕にとっての酸素とは、素晴らしい音楽と本と映画だ。

それらを呼吸器から取り込み、心臓を介して血液が体の隅から隅へと酸素を送り届けてくれる。

そうして僕は穴を掘るように、このような文章をこしらえているのである。

 

もっと深く掘り進みたい。

そのための酸素をもっと補充したい。

酸素が欲しい、酸素が。

 

 

ということで、今日の一曲↓

www.youtube.com

この曲の「I'll take a quiet life a handshake of carbon monoxide」という一節がいつも僕の心に深く突き刺さるのです。

 

OK COMPUTER OKNOTOK 1997 2017 [帯解説・歌詞対訳 / 紙ジャケ仕様/ 高音質UHQCD / 2CD / 国内盤] (XLCDJP868)

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