べたれば

better late than never→略してべたれば。5年間引きこもった末にようやく社会復帰した発達障害(ADHD)持ち。「遅くても何もやらないよりマシ」をモットーに、社会復帰までの経緯や興味関心、今考えていることなどを書いていきます。

結果を追い求めることに疲れた

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我々人類は結果の中に生きている。
いや、地球上の生きとし生けるすべてのものたちがそうだと言っても過言ではない。

人間の場合は仕事で成果を出し、その成果物から生じた利益によって給与が支払われる。
動物でも昆虫でもなんでもいいが、彼らは彼らで、食べないと死んでしまう。
その食物を得るために他を捕食し生き延びるわけである。

どちらも結果だ。
この結果を出さないと生きてはいけないのである。

 

しかし、人間という知的生命体は考えることを覚えてしまったが故に、結果だけを追い求めずに生きていこうとする価値観が芽生えてしまっている。

金銭、食物といった結果を得るためならば、人を殺してもいいのか。
例え自分が生き延びるためであっても。
道徳的に考えればもちろん答えはNoである。

我々は結果を出すための過程も求められるのである。
道徳や倫理の範疇で結果を出すことこそが人類の美徳なのだ。

全人類がそうではないかも知れないが少なくとも先進国はそうだ。
僕も先進国で生まれ育ったから、それに従って生きていかなくてはならない。

しかし、結果を追い求めることに僕は疲れてしまった。
別に社会人になってから碌な結果を残していないし、偉そうなことは言えないのだけど、毎日誰かの期待に応えようとしながら、先輩や上司に愛想笑いを振りまいてこびへつらうことに辟易している。

結果とは何か。
お金だ。

どのようなところにお金のやり取りが発生するか。
需要と供給だ。

その需要を満たすだけの価値が僕にはあるだろうか。
ない。

ブログ書いて音楽だけやってお金をもらえたらそれに越したことはないけど、このブログにも僕の音楽にも生活していくほどの金銭を得るための需要はない。

そもそもその為にこのブログに対して(お金を得るための)努力を注いでいないし、音楽に関してはどこにも音源がないのだからそもそもスタートラインにすら立っていないのである。
これだけ音楽音楽言っていて、「本当にこいつは音楽できんのか」と訝る読者もいるであろうことは想像に難くない。
そしていざ音源を発表する時の自身のハードルも上げてしまっている。

 

ストレス耐性が異様に低い。
こんな時は猫のおなかに顔をうずめてモフモフし倒すに限る。

去年うちの子が旅立ってからというもの、体内の猫成分が著しく不足している。
注入せねば。

寝る。

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