better late than never

略してべたれば。5年間引きこもった末にようやく社会復帰。「遅くても何もやらないよりマシ」をモットーに、社会復帰までの経緯や興味関心、今考えていることなどを書いていきます。

ひきこもりのシンポジウムにいってきた

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ジョン(@johnrtylor)です。

支援施設の方のお誘いで、ひきこもりのシンポジウムに行ってきました。(運営の手伝いなどもほんの少しだけしました)
今日はその会場の様子とそこで感じたことを書いていきたいと思います。
記憶を頼りにうろ覚えで書いていくので、実際の内容とは少し食い違いがあるかもしれませんが、ご容赦ください。
今現在、ひきこもりに苦しんでいる人たちに読んでもらえたらうれしいです。

[目次]

ひきこもりの当事者たちが語る

会場にはたくさんの人たちが訪れていて、世の中にはこれだけの数の親子がひきこもりで苦しんでいるということを知らしめられました。

壇上には司会進行の方と、かつてのひきこもりが3人、ひきこもりを子に持つ(あるいは持っていた)親御さん2人が上がっていました。
そこで彼らがなぜ引きこもったのか、当時はどんな思いだったのか、どのように解決していったのかなどといったことを親と子、双方の視点から語ってくれます。

僕自身、ひきこもった張本人からすれば、ひきこもりの気持ちも共感できる部分がありましたし、なぜ自分がひきこもったのか、当時はどんな思いだったのかを改めて真剣に考えさせられた一方で、親はどのような気持ちだったのかということも、当事者からの目線で語られていたのはとても勉強になりました。

ひきこもるきっかけ

壇上の3人ともそれぞれの理由を語ってくれていましたが、共通していたのはどれもささいな(しかし本人にとってはとても大きな)ことがきっかけだったということです。
そして、ひきこもっていた当初は本人たちにもなぜひきこもったのかが、明確にはわかっていないというところも共通していました。

しかし、親からすればなぜひきこもったのか理由が知りたいのに、本人たちはその理由を尋ねても何も答えてくれないので、そこに親は苛立ちや不安を感じてしまうそうです。時としてその苛立ちや不安は刃となり子の心を抉ることになるとも知らずに。

僕は直近の5年以外で、中学時代にもひきこもった経験があります。
いまでこそその理由はわかりますが、当時はなぜ自分は学校にいけないのか、外に出られないのかということはわかっていませんでした。
ただなんとなく、「学校に行きたくない」「人に会いたくない」と漠然と思っていただけなんです。
そこに親は「なぜ学校に行けないのか」「嫌なことがあればはっきりと言いなさい」「いつになったら行けるようになるんだ」などと言ってくるので、自分でもわからないことを人に説明できないことによるフラストレーションとプレッシャーから、余計に心を閉ざしていくことになります。

いまでこそ、親が大変だっただろうことは重々わかりますし、そのことに関しては完全に許していますが、当時は本当につらかったのを覚えています。
「誰にも会いたくないから一生ゲームしてマンガ読んで暮らしたい」というのが、当時の僕の正直な願いでした。

大事なのは親と子の距離感

印象的だったのは、1人の親御さん(お父さん)が放った言葉です。

「少し距離をとってみる」

その親御さんはご自身の息子さんがひきこもって真剣に頭を悩ませて、子供のことについて夫婦仲も悪くなり家庭崩壊寸前だったそうです。
家族との距離が近すぎると、子にとっては逃げ場がなくなってしまうので、息子さんをその親御さんのご両親の家にしばらく預けることにしたそうです。
そのご両親が教育関係者だったのでひきこもりに対する理解があったというのも、かなり大きいでしょうが、しばらく親と子で距離を置くことによりお互いが冷静になることができ、徐々に息子さんも家族に心を開いていったということです。

もう一人の親御さん(お母さん)もそばに寄り添って心配しすぎるよりも、少し距離を置いて放っておくことによって子供の気持ちが少しずつ前向きに変わっていったと語っていました。

この距離感というのは今でもすごく大事だと思っていて、(ここでは親子の立場が逆転しますが)僕の場合は両親がアルコール依存症ですが、一時期はその立ち居振る舞いを改めてもらおうと必死になっていましたが、いくら説得しても暖簾に腕押しなため非常にストレスが溜まるし精神的にもかなり疲弊しました。
しかし、向こうも大人、僕ももういい大人なので家族である以前にまずは親のことを一人の他人と思って考えて距離を保つようにしてからは、非常に精神的にも楽になりました。
言い方を変えれば諦めともとれますが、実際に自分がつぶれてしまう前に諦める、あるいは放っておいて好きにさせておくというある意味での勇気も時には必要なんじゃないかなと思います。

ネット上には「毒親」などといった言葉が生まれていますが、実際毒親の一つの特徴としてあげられるのは過干渉なんです。
つかず離れずといったちょうどいい距離が親子にはあるんです。

知識を持ってタイミングをはかる

親からすれば子供が自ら歩き出すのを待ち続けるのはつらいかもしれませんが、時にはそれも必要なことじゃないかと思います。
そして、子が歩き出そうとするタイミングで親として協力できることが何かないかということを、待っている間に知識として持っておくということが大事です。
知識というのは例えば「どこか利用できる支援施設がないか」とか「カウンセリングを受けるならどういったところがいいか」などのガイドラインのことです。

今思えば、僕が中学のひきこもりから脱出できたのは、母がその知識を持っていたからというのも一つの要因として挙げられると思います。
当時の担任の先生と母で何度か面談をしていたらしく、不登校児が集まるような僕が通いやすそうな高校を探してくれていたのです。(あるいは留学も提案されたこともありました)なぜ英語に興味を持ったのか - better late than never
僕も高校という新しい人生のタイミングでやり直しができるんじゃないかという気持ちがあったので、その提案に乗り、見事引きこもりを脱することができました。

来るべき時にこのような選択肢や、道しるべを与えてあげられるように親御さんは人事を尽くして天命を待つべきなのかも知れません。(そのタイミングがいつなのかを見極めるのは家庭の環境や子の性格によって違うので難しいところではありますが…)

シンポジウムを終えて

生粋のひきこもりのくせにこういった催しに参加するのは初めてでしたが、ひきこもりの親の気持ちがどういったものなのかということが知れたのはとても勉強になりました。
僕の両親も大変だっただろうな、迷惑かけて申し訳なかったなという気持ちとともに改めて感謝しなくてはならないなと思いました。

同時に感じたのは、ひきこもりというのは今や当たり前の問題になっていますが、大事なのはひきこもり脱出がただのゴールではないということです。
脱出はゴールであると同時にあくまで一つのスタートラインでしかなく、脱出後に何をするのか、何ができるのかということを考えることも非常に大事だなと。
どちらを先に考えるべきかはわかりません。それは年齢や個々の置かれている状況などによって変わるんじゃないかと思います。
脱出後になにがしたいのかを考えてから、そこに向かって計画を立てて脱出してもいいかもしれないですし、とりあえず脱出してから何がしたいのか気づいたら見つかっているかもしれません。(これに関しては脱出の定義にもよるでしょうが)

今回このシンポジウムに参加できたことによって、自分自身を新たに見つめなおすことができ、とても有益な情報を得ることができたと思います。
でも少し考えすぎて(特に過去のつらさを思い出したりして)センシティブになりすぎた分、とても疲れたしなぜかはわからないけど、気分が落ち込んでいます。

まあ、とにかく一つ言えることは参加してよかったなということです。
この気分の落ち込みが寝て起きて明日になったらなくなっていることを願って今日は床につきます。

長くなりましたが、最後までよんでいただきありがとうございました。
べたれば。

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