べたれば

better late than never→略してべたれば。5年間引きこもった末にようやく社会復帰した発達障害(ADHD)持ち。「遅くても何もやらないよりマシ」をモットーに、社会復帰までの経緯や興味関心、今考えていることなどを書いていきます。

ニートひきこもりを勇気づけるために始めたこのブログだけどさ

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生まれながらのひきニート、ジョン(@johnrtylor)です。

 

さて、タイトルにあるとおり僕がこのブログを始めた一番の動機は、僕と同じようにひきこもっていてニートだったりすることで苦しんでいる人たちを勇気づけることにありました。

 

だがどうだろう。
最近の僕の投稿はと言えば、社会や僕の身の回りに対する愚痴ばかりで、勇気づけるどころかむしろ余計に社会復帰を阻んでいるのではないかという気がしています。

ただひとつ言いたいのは、社会の荒波にもまれて、今どんなに心が荒んできていても社会復帰したことに対して全く後悔はないということです。

ひきこもっていた時も辛かったし、ひきこもりを脱した後は後でどちらも辛いです。
しかし、どちらの辛さがマシかというと今のつらさの方が何十倍もマシだと思っています。
より健全な辛さを感じられるようになったことによる、妙な達成感があります。

ひきこもっていた時と、社会復帰後のつらさにどのような違いがあるか、具体的に挙げてみたいと思います。

ひきこもりのつらさ

話し相手がいない

僕はひきこもり時代、(病院で正式に診断されたわけじゃないけど)うつに加えて失声症も患っていました。
声を出そうとしても出せなかったんです。
だからどんなに辛くても誰にも話すことができなかったし、家族とも必要最低限の筆談でやりとりをしていました。
唯一の話し相手というか意思の疎通があったのは、飼っていた猫だけだったかも知れません。

あとは寂しさを紛らわすために2ちゃんでクソスレを立てたりしていましたが、当然ながらそれで孤独が癒えるということはありませんでした。

理解者がいない

上記と被りますが、これも辛かった。
失声症で誰とも会話ができない上に、ほぼ唯一の人との交流の場であった2ちゃんねるでも、顔が見えない同士だからみんな好き放題言ってくるのです。
どうせ誰も自分のことなんか理解してくれないのだという心の傷口に、際限なく塩を塗り込んでいました。
それでも2ちゃんはやめられませんでした。
我ながらかなり病んでいたんだなと思います。

とにかく暇

家が金持ちで自身にも蓄えがあれば、ネオニートとしてひきこもり生活をもっとエンジョイできたのかも知れませんが、このブログの熱心な読者(いるよね?)であればご存知の通り、僕の両親も僕も貯金どころか借金しかありません。
だから暇つぶしのために欲しいものを買おうにも、何も買えないわけです。
何とかランサーズとかポイントサイトで小銭を稼いで、ヤフオクとかで安いPS3のゲームを買って遊んだりしていました。

襲い掛かる虚無感と無価値感

これが一番つらかったことかも知れません。
何をしていても楽しくない。
野球を見ていても、ゲームをしていても、相撲を見ていても、何をしていてもそこに意味が生まれないのです。
社会と隔絶されているとどんなに好きな事でも全く楽しくなくなるのです。

社会との関りを少しでも感じたければ、この頃からブログなりYoutubeなりやってればよかったんですが、そんな気力も全く起きないほど何をしていても無気力でした。

将来への不安

僕の場合家も貧乏だし、このままひきこもっていたら間違いなくホームレスになるだろうなという不安は常に抱えながら毎日を過ごしていました。
そして家計が大変なのにただの排泄物製造マシーンとして生かされていることに酷く罪悪感を感じていました。
両親に対しては毎日殺してほしいと思っていました。
それでも、辛抱強く生かしてくれたことには本当に感謝しています。
本当によく自殺しなかったなと思います。(酔った母親にまくしたてられて壁に頭を打ち付けながら包丁片手に手首を切ろうとしたことはありますが。)
まあ、幸いそんな勇気が僕になかったのが救いだったのかも知れません。

社会復帰後のつらさ

上記ひきこもりのつらさは、みなさんもよくご存じかも知れません。
それでは社会復帰後のつらさも見ていきましょう。

人間関係

はい、もうね。
これに尽きるよね。
マジで疲れる。めんどくさい。
人の顔色うかがいながらヘコヘコして無能だと思われないように必死に頑張る。
おまけに僕はADHDだから、人よりも脳みその出来が悪いのでいつ「無能」の烙印を押されまいかと、常にビクビクしながら日々を過ごしています。
「無能」の烙印を押されたら多分また引きこもるだろうな(笑)

でも、もう前回ほど長くはひきこもらない自信がある。多分。

 

まとめ

ぶっちゃけひきこもり脱してからつらいのって、人間関係だけなのよね。
あくまで僕にとってだけれども。
他にも、満員電車がつらいとか、通勤時間が長いとかあるけれど、それは結構自分でコントロールできる部分だし、自分で選んだ道だから多少の諦めはつく。
まあ、それもクソなことに変わりはないけれど(笑)

どっちの方が精神的に健康でいられているかというと、断然今の方が健康です。
それは今の僕の職場環境がギリギリ僕が対処できる(本当にできてるのかは謎)レベルにあるということも言えるけれど。
ひきこもっていたときも、今も、どちらも心は荒んでいるけど荒み方は今の方が断然健全な荒み方をしていると思います。(荒んでる時点で健全とは言い難いというツッコミはなしよ)

 

まあ、別に僕みたいに社会人にならなくたっていいのよ。
バイトでもいいし、変な話ひきこもったまんまでもいいのよ。
それで辛くないんだったら。
とりあえず死ななければ何かあるかも知れないし、何もないかも知れない。
でも死んでしまったら本当に何もなくなってしまう。
だから僕から言えることは、「とりあえず死ぬな」ってことですかね。

あと、やりたいこと、やってて楽しいと思えることがあるんならやりましょう。
無理にやれっていうんじゃなくて、できる元気があるんならって話ね。

ひきこもっていた時の後悔と言えば、やっぱり何もせずに丸々5年を棒に振ったことだから。

あと、うつの人になに言っても無駄だから、僕は何も言わない。
いや、一言だけ言わせて。
まあ、多分そのうち治るんじゃね?

つーか、治そうと思わなくていいから。
気づいたら自然と治ってたり、まあ人によっては一生治んない人もいるだろうけど、治せない自分に罪悪感を感じても意味がないので、あまり真剣に物事を考えないように。
生きてていいことなんて何もないかも知れないけど、楽しいことの一つや二つ誰にだってあるはずさ。なので、気長にいきましょう。

とか偉そうに言っている僕だけど、しょっちゅう「死にたい」と思うことはある。
(だから巨大なブーメランとして自身の言葉がつきささっているだなんて言えない)
でもそれだけはしないように、どんなに人生がクソでも生きてりゃなんとかなると信じて命を紡ぐのです。

 

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