べたれば

better late than never→略してべたれば。5年間引きこもった末にようやく社会復帰。「遅くても何もやらないよりマシ」をモットーに、社会復帰までの経緯や興味関心、今考えていることなどを書いていきます。

ひきこもり脱出から就職までの1年間を振り返る

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ジョン(@johnrtylor)です。

就職にも成功したのでここいらで、引きこもりを脱してからの1年間を振り返ってみたいと思います。

 

2017年2月 精神科、ひきこもり支援施設へ

母親の提案で精神科へ行くことを決意。
病院へ行く車の中で、朝日が昇る中聴いたビートルズの「Here comes the sun」は今でも忘れられない。

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2時間にわたる問診の末、発達障害の可能性は低いと言われとりあえずひきこもり支援施設を紹介される。
英会話やバンド演奏のプログラムがある時や、カウンセリングを受けることを目的に施設へ通うようになる。

3月 区役所、求職、糖尿病

施設の紹介で区役所の生活支援課へ通い、仕事探しを始める。
外に出られるようになった

じゃあ何がしたいか

免許がとりたい

お金が必要

じゃあ働こう
ということで役所内のハロワ職員の方と相談しながら、どういった仕事に就きたいのか、今後のことや履歴書の書き方についてなどのアドバイスを貰う。
大体週1くらいで通うようになる。

猫の糖尿病が発覚。
毎日朝晩1回ずつインシュリン注射を打つ。
闘病生活の始まり。

4月 バイト開始

区役所には通いつつ、自分で求人サイトでバイトなども探してみる。
今の職場(倉庫内作業)を見つけアルバイトを始める。
仕事を見つけたことにより、区役所の支援も終了となる。
役所の方々からおめでとうと祝福を受ける。
僕と担当の方の話を隣で聞いていた別の職員の方に「あなたは語彙が豊富ねえ、本をよく読むのかしら?」と褒められる。
とても嬉しかった。

将来英語を使った仕事がしたいと思ったため、TOEIC受験を決意。

働き始めは体中が悲鳴を上げる。
体のありとあらゆる関節が痛い。
早々に辞めることを決意するも、結局現在まで11ヶ月働くことになる。
お陰で体力はついたと思う。
ついたというか、もともと持っていたものが戻ったと言った方が近いかも知れない。
今思い返せば、5年間ずっと布団の上で過ごしていた男が、いきなり週5でフルタイム勤務をするということは、正気の沙汰とは思えない。
物事を始める時に、よく考えもせずに突っ走ってしまうのは昔からの悪い癖である。

なんにせよ、まわりはみんないい人ばかりで何とか続けることができたように思う。

6月 ライブ、TOEIC初受験

支援施設主催のライブに出演する。
3曲を頼まれギターとベースで参加。
ライブまでの1ヶ月間は
5:00 起床、英語の勉強
6:00 楽器の練習
7:00 朝食、準備
8:00 出発
9:00 仕事
19:00 帰宅、風呂、夕食
20:30 楽器の練習
21:30 就寝
といったなかなかにストイックな毎日を過ごす。

初のTOEIC受験で655点を取得。

9月 ひきこもりシンポジウム

ひきこもりのシンポジウムに参加。
記事には書かなかったけど、シンポジウム後のライブにも出演する。
結構でかいホールでたくさんの人を前に緊張するも、なんとかやりきる。
この時期も仕事にバンド練習に英語の勉強にと忙しい日々を送る。

10月 猫の死、心療内科、ストラテラ

2度目のTOEIC受験。785点を取得。

糖尿病の猫に別れを告げる時が来る。
享年13歳。
人生で一番悲しい出来事だったかも知れない。
未だにBump of chickenの「supernova」が聞こえてくると、涙をこらえきれないときがある。

自身の発達障害疑惑にも蹴りをつけるべく、心療内科に通いだす。
この頃からストラテラを飲みだす。
飲み始めて3ヶ月ほどだが、やる気の維持が前より楽になった気がする。
物事をもっとロジカルに考えるようにもなった。
反面、妄想力が減ったので、芸術的なクリエイティビティは前の方があったかも。
世界平和とか愛とか貧富の格差とか、自分がいくら考えても解決できない問題に思いを馳せても仕方がないことに気づく。
それらの問題には自立してもっと心とお金に余裕が出てきたら考えればよい。
自分が幸せでなければ人を幸せにすることなどできないのだ。

ちなみに心療内科に通うのなら、自立支援医療の申し込みは絶対にした方がいいです。
地域によって違いはあるでしょうが、僕の住んでいるところでは自己負担額が3割から1割に減額になります。
これはマジで助かる。

11月 合宿免許

毎月5万円ずつの貯金がたまったので、免許を取りに新潟へ。
横須賀在住のペルー人と仲良くなる。
飲み歩いて寮の門限を破り、退学の危機に面するも何とか3週間の合宿の末に自動車と二輪免許を取得。

12月 仕事再開、就活スタート

仕事再開。
思いのほか体はなまっていなかった。
免許も取れたので、本格的に就職活動をスタートさせる。
転職エージェントに登録するも、僕の歳と経歴で英語を使った仕事は紹介できないと3社から言われる。
諦めずにエージェントは使わずに直接応募する方向にシフト。

2018年1月 面接、そして内定へ

未経験、学歴不問、英語が使えるという条件で手当たり次第に応募し、正月明けにようやく1社面接をする。
結果は落選。
理由はわからないが、自分の将来像がきちんと定まっておらず、自信のなさが露呈してしまったように思える。
面接対策として、聞かれそうな質問とその答えを用意して、毎朝本番を想定して声に出す練習をするも、この会社は割とフランクな面接だったため通用せず。
自身の強みをアピールできずに終わる。

2社目は電話面接。
ネットワークエンジニアなら楽器の配線やケーブルなどの知識を応用できるかもしれないなど、有益な情報を得ることができるも、当日に本社に呼び出されたかと思えば、やっぱり来なくていいと言われたり、メールで名前が間違っていたりと散々な対応だったため、面接を辞退。

3社目は強面の部長を相手に面接。
最初は緊張するも、もうどうにでもなれの精神で徐々に自身の主張を話すことができるようになった。
なぜ、大学をやめたのか、5年間のブランクは何をしていたのかなどの鋭い突っ込みを受けるも、冷静(?)に対応。

大学→金銭的理由
ブランク→音楽やってました。仕事はスポットの派遣で食いつないでました。

これから就活するひきこもりのみなさんは、その辺はほぼ間違いなく面接で聞かれると思うので、うまいこと理由は考えておくことをおすすめします。

後日英語で電話面接があると言われ、本社を後にする。
英語の面接も日本語同様に、聞かれそうな質問とその答えを用意して声に出して言う練習を毎日する。
電話面接なので予定時刻ギリギリまで家で面接の練習と、企業のHPを見て自分が将来会社でどうなりたいかのイメージを膨らませる。

その甲斐もあってか、何とか英語電話面接もこなす。

そして見事に内定をもらう。

どうせ受からないだろうと思っていたので、業界についてもっとよく調べてから動こうと思っていた矢先だったので、内定を受諾するか少しためらう。
夜勤もあるし体調面に与える影響も心配だった。
しかし、せっかく内定をもらったのでやってみることを決心。

2月 ITの勉強

入社に向けて知識を蓄えるために、ITやネットワークに関する情報をひたすら集めまくる。
現在に至る。

最後に

振り返ってみると結構いろいろなことがあった1年でした。
2017年という年は僕の人生の中でも、かなり重要な年になるんじゃないかと。
あとあと振り返った時にその思いはより一層強くなるような気がします。

ひきこもり脱出もそうですが、十数年連れ添った家族との別れや、TOEICや免許の取得、そして就職とかなり密度の濃い1年間でした。

たばこの本数も一時期の15本/日から4本/日まで減りました。
この調子でやめられるように頑張りたいです。

2018年も気持ちを新たに更なる成長を目指して、目標に向かって着実に歩んでいきたいです。
とりあえず次の目標は、一人暮らしです。
今住んでいる家にはうんざりしているし、逆に離れることによってそのありがたみもわかるかも知れません。
一人で暮らすことによって、責任の所在が自分に来ることで言い訳ができない状態を作りたいのです。
実家だとなんでもかんでも人のせいにしてしまいがちですからね。

今年中にお金が貯まるだろうか。
まあ、無理のない範囲でやっていきたいと思います。

それでは。

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