better late than never

略してべたれば。5年間引きこもった末にようやく社会復帰。「遅くても何もやらないよりマシ」をモットーに、社会復帰までの経緯や興味関心、今考えていることなどを書いていきます。

音楽と僕

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ジョン(@johnrtylor)です。

タイトルは某有名音楽誌からパクりました。

ブログを書くようになってから、文章の書き方についての本も読むようになったのですが、この前読んだ野口悠紀雄著の「「超」文章法 」に自分史を書いてみろということが書いてあったので、今日は僕の音楽の変遷について書いていきたいと思います。
誰も興味ないだろうけど、もっとみんな俺に興味持てよ。
ということでいってみよー。

 

「超」文章法 (中公新書)

「超」文章法 (中公新書)

 

 

 

幼少期、両親からの影響

物心ついたころから音楽は好きでした。

音楽好きの両親のもとに生まれて、音楽が身近にあったのも影響したのかもしれません。
僕は全く覚えていませんが、シンディ・ローパーの武道館公演に僕と生まれたばかりの妹を連れていったことがあったり、僕を預けて二人でスティングを見に行ったこともあるそうです。
シンディ・ローパーは妹が泣き始めたので母は外に出なくてはならず、ろくに見ることができなかったようですが、赤ん坊を連れてライブに行ってしまうようなところはよく言えば破天荒、悪く言えば無計画で非常識だなと子供(30過ぎ)ながらに思います。
こういった両親の無計画さはこのころからあったんですね。
家族で海水浴に出かけた時なんかは、桑田佳祐のカセットテープがエンドレスでリピートし続けていたのを覚えています。

小学生のころは流行りのJ-popはいくら聴いても飽きませんでしたし、熱心にMステとか、HEY!HEY!HEY!とかは毎週のように録画して何度も繰り返し見ていました。音楽の授業で使う「みんなのうた」も片っ端から知っている歌は歌詞を見ながら歌っていました。
小5のときにエリック・クラプトンが来日して武道館公演をしたのですが、それにも連れていかれました。当時はJ-POPばかり聴いていたし、洋楽の良さなんか微塵もわからないハナタレ小僧だったため正直退屈でした(笑)
途中でクラプトンがコテコテのスローブルースを延々とやりだした時に、座席の上で船を漕いでしまったのは言うまでもありません。
公演後に父が「かっこよかったろう?(ドヤ顔)」と聞いてきましたが、僕は気を遣って「うん!」と返事をするほかありませんでした。
小5にクラプトンの良さなんてわかんねーよ(笑)
でも今思えば貴重な体験ができたと思うし、後々に音楽を掘り下げていく一つのきっかけになったと思います。

Dragon Ashとビートルズにはまった中学時代

中学時代にはDragon AshやGLAY、ラルク、などがまわりで流行りだし、僕もその例に漏れず彼らの曲を聴くようになります。
中でもDragon Ashは高校に入ってからもずっと聞き続けていたバンドの一つです。
当時は彼らの音楽すべてが斬新でした。
ちょうどGrateful Daysが売れたころで、彼らの3rdアルバム「Viva La Revolution」はMDに落として毎晩寝る前に何度も聴きました。
日本語と英語を巧みに織り交ぜたラップ、聞いたこともないようなスクラッチ音、乱暴なギターサウンド(この頃の彼らはまだパンク臭が残ってましたね)、どれをとってもキッズだった僕には衝撃的でした。
NHKのBSで放送された横浜アリーナでのライブはテープが擦り切れるほど見ました。

Viva La Revolution
Viva La Revolution

時を同じくしてビートルズにも興味を持つようになります。
きっかけは英語の授業で「Hello Goodbye」をみんなで歌ったことです。
聴いてるだけでなんかカッコいいという中学生らしいいかにもな理由で、もともと洋楽には興味はあったんですけど、如何せん何から手を付ければいいものかわからず(当時はGoogleなんてなかった)、とりあえず知ってる人ということでビートルズから入ることにしました。
その当時はベストアルバム「ザ・ビートルズ 1」がちょうど発売されたころで、聴き始めるのにはちょうどいいタイミングでもありました。

Beatles 1
The Beatles 1
 

 デビュー曲の「Love Me Do」からラストシングル「The Long And Winding Road」に至るまで全27曲が濃縮されたこのベストは、彼らの変遷を初期から後期まで順にたどることのできる、入門者にはもちろん、往年のファンにも当時を懐かしみながらタイムスリップできる一枚です。

まずビートルズの何がすごいって、初めて聴いても初めてな気がしないんです。
当時中学生の僕でも、リアルタイムで聴いたわけじゃないのにどこか懐かしさを覚えるというか、デジャヴとはまた違った既視感ならぬ”既聴感”がありました。
「Let It Be」などの誰もが知っている曲ならわかりますが、聴いたことのない曲でも聴き手の心にすんなりと入ってくる彼らの才能には感服するばかりです。

もし、これからビートルズ聴きたいんなら初期のアイドル時代のロケンローな「赤盤」と後期のサイケデリックで実験的な楽曲を集めた「青盤」の両ベストもおすすめです。

赤盤

THE BEATLES 1962 - 1966
The Beatles 1962-1966

 青盤

THE BEATLES 1967 - 1970
The Beatles 1967-1970

ろくに学校にも行かずにこれらの音楽ばかり聴いていました。(赤盤青盤は高校に入ってから)

高校は、パンク、ミッシェル、ブランキー、洋楽も徐々に開拓

高校に入ると友達の影響で、ビートルズ以外にも洋楽を聴くようになります。
オアシス、ブラーなどのブリットポップに始まり、ボンジョヴィやMr. Bigなどのハードロック、スマパン(The Smashing Pumpkins)、Nirvanaなどのグランジオルタナとさまざまなジャンルにも触手を伸ばすようになりました。

しかし一番よく聞いたジャンルは、パンク、メロコア、エモ、パワーポップなどと呼ばれるジャンルのものかも知れません。
当時の僕はギターを弾くようになり、最初はゆずとかやってたんですけど(一番最初に覚えたのはサヨナラバス嗚呼、青春の日々のどっちか)、友達とバンドをやるようになり、Green Dayとかハイスタ(Hi-Standard)とかWeezerとかB-DASHとかパワーコードだけでやれるような簡単な曲をよく合わせていました。

軽音部にも入り、そこで先輩がブランキー(Blankey Jet City)をやってたんです。
確か曲は赤いタンバリン。

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それがかっこよくて僕も僕の友達も、ブランキーにすっかりはまるようになります。
パワーコードばっかりやってたのが、ブランキーもやるようになってから少し複雑なこともやるようになったので、ギターの腕も自ずと上達していきました。
もしブランキーに出会ってなかったら、ずっとパワーコードばっかり弾いてたでしょうね(笑)

ブランキーと言えば同列で語られることが多いのがミッシェル(Thee Mchelle Gun Elephant)じゃないでしょうか。
どちらのバンドも共通して言えるのは武骨な男くさいロックをやっているところですが、ブランキーがロカビリーからの影響が色濃く見えるのに対して、ミッシェルはパブロックに強い影響を受けていて、どちらも不良の音楽というかちょっと悪ぶりたい年頃の僕(実際はいたって真面目な生徒でした、ハイ)にはとても刺激的で憧れの的だったように思います。

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彼らに憧れてはいたものの、街で偶然出会ったら脱兎のごとく逃げ出したくなるくらいみんな強面ですがね。

BLANKEY JET CITY 1997-2000
Blankey Jet City 1997-2000

THEE GREATEST HITS
Thee Michelle Gun Elephant Thee Greatest Hits

人生を変えたレッチリとの出会い

高校時代からレッチリ(Red Hot Chili Peppers)は聴いてたんですが、大学時代に彼らのライブDVDを見て衝撃を受けました。

ライヴ・アット・スレイン・キャッスル [DVD]
Live at Slane

このDVDは大げさじゃなく数百回は見たかもしれません。
いや、数百回はおおげさです。
少なくとも100回は見ました。

レッチリを聴くようになったきっかけはBy the WayのMVがかっこよかったから。
それでアルバムを買って聴いて、その時は「おー、かっこいいじゃん」くらいにしか思っていなかったんです。

By the Way
By the Way

ですが、こいつらのすごさはライブにあります。
メンバー全員(ドラムのチャド・スミス以外)がステージ上を縦横無尽に駆け回り、各々が好き放題に暴れまわる中、リズムはタイトだしキメるところはしっかりキメるんです。
そして曲のアレンジがクソカッコいい。
ソロパートなんかはCDと違ってもっとアグレッシブだし、ベースのフリーは跳ね回り、ギターのジョン・フルシアンテはエモーショナルにこれでもかとギターを弾き倒す。そこに負けじとフロントマンのアンソニー・キーディスが踊り狂う。

このライブでのジョンのプレイを見て顔で弾くというのはこういうことなんだなと学びました(笑)
何を隠そう僕がこのブログでジョンと名乗っているのも、このジョン・フルシアンテから来ています。
彼らのパフォーマンスを見て「自分がなるべきものはこれだ」と割と真剣に思いました。
ジョン・フルシアンテは10歳でギターを始めたそうで、1日15時間(!)ギターを弾いていたそうです。
20歳くらいでまた引きこもるのですが、その時に僕も彼のようになりたいと思いその真似をしようとしましたが、せいぜい1日10時間が関の山でした。
ジョンはジミヘンを熱心に練習したということで、僕もジミヘンを頑張って練習しましたが、大してうまくならず。
ジミヘンよりも、スレインキャッスルのライブDVDを見ながらCDとは違うバージョンを耳コピして動きや弾き方をひたすらまねるということの方がやってたかもしれません。
スレインキャッスル以外にも同じくライブ盤の「Live in Hyde Park」も真似しまくりました。こちらも必聴の一枚。いや、二枚組だから二枚か。

Live in Hyde Park
Live in Hyde Park

そんな生活を9か月くらい続けたでしょうか。
ギターの腕は少しだけ上達し、いっちょまえに弾き方だけはジョン・フルシアンテそっくりになりました(笑)
でもこの時の練習が今のギタースキル(大したものではありませんが)の礎になったと言っても過言ではありません。

レディオヘッドとの出会い

時を同じくしてRadioheadにもハマります。
高校の時に「Pablo Honey」は聴いたんですが、その時はいまいちピンときませんでした。
しかし後に「OK COMPUTER」聴いたときに僕の体中をエレクトリックサンダーが駆け巡りました。
すごくダウナーでポジティブさのかけらもないAirbagのイントロから打ちのめされます。
なんでこんな暗い音楽がUKでは売れるの?という素朴な疑問と、日本でこういうことやってもメインストリームではなかなかに取り上げられづらいだろうなというニヒルな思いを抱き、日本人と外国人の感性の違いをまざまざと見せつけられた一枚。(優劣の話じゃないよ)
自身のプレイスタイルやソングライティングにはそれほど影響は与えてないですけど、俺ランキングのトップ5には間違いなく入る。
ひきこもって膝をかかえてヘッドフォンで爆音で、毎日聴いていました。
このアルバムを聴いてなかったらここまでレディオヘッドにもはまってなかったと思います。
レディオヘッド聴きたいなら絶対このアルバムから聴くことをおすすめします。
彼らアルバムごとにやること全然違うから、好き嫌いははっきり分かれるでしょうから。

ボーカルのトム・ヨークがかっこよくて真似しようとして彼の写真を持って美容院に行ったはいいものの、謎のスポーツ刈りにされたのは良い思い出。

OK COMPUTER OKNOTOK 1997 2017 [帯解説・歌詞対訳 / 紙ジャケ仕様/ 高音質UHQCD / 2CD / 国内盤] (Amazon.co.jp限定ステッカー付)(XLCDJP868)
OK Computer

やっぱり音楽が好き

今の僕はほとんど音楽を聴きません。
朝5時に起きて英語の勉強をして、仕事に行って、帰ってきて本を読んで、ブログを書いて寝る。
この生活が半年くらい続いています。
聴く暇がないというか、暇があっても今は将来のためにもっと他のことに時間を割くべきだと考えています。
やっぱり音楽は好きだし、過去にバンドでプロを目指したように自分でもまた音楽はやりたいです。
でも大好きな音楽に触れてしまうと他のことが何も手につかなくなるので、今は距離を置くべき時だと思っています。
将来、好きなだけ音楽を聴いたり演奏したりできるように今は自己を磨き上げる時なのです。

このブログ史上一番長い記事になりましたが、ここまで読んでくれた人は本当にありがとうございます。

それではおやすみなさい。

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