べたれば

better late than never→略してべたれば。5年間引きこもった末にようやく社会復帰した発達障害(ADHD)持ち。「遅くても何もやらないよりマシ」をモットーに、社会復帰までの経緯や興味関心、今考えていることなどを書いていきます。

男女である前にまず「人」だよね

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ちょっとセンシティブな話題。

よく人はいい歳して、とか男なんだからとか、女なんだからとか言うよね。

男らしく、女らしく。

世間で言うところの男らしさとは何であろうか。
一家の大黒柱として家庭を支え、力もあってどんな時も頼れる問題解決能力に長けたイケメン男子のことだろうか。

(ん?俺のことかな?←死ね)

一方で女らしさとは。
才色兼備で器量よく、夫を支え、料理がうまくて母性愛にあふれて子供の面倒を見てくれるおしとやかな美人さん。

 

だいぶ偏った古いイメージだけど、いまだにこの考えを捨てきれていない人って結構多いと思うのよ。
時代は変わったし、今じゃ家事も育児も夫婦で協力して共働きでやることが当たり前になったとは言えだ。
悪しき昭和の慣習が今も尚、深く根差しているように感じる。

僕も男だしとっくに30も過ぎたし、しっかりと地に足を着けて生きたいとは切に思うよ。俗にいう「男らしく」ありたいよ。
女の子には優しくしたいし、男が率先して女の子よりも危険に飛び込んでいかなくてはならないっていうのはわかっているし、まわりが男の僕にそうあることを「期待」しているのも感じている。

同時に、女の子らしい女の子も好きだし、どこか心の片隅で「女らしさ」を女性に求めている自分にふと気が付くときもある。

 

でもさ、男女である前に、まずは人じゃん。
僕の勝手な思い込みだったらアレだけどさ、みんな「人として」どうありたいかよりも先に「男として」「女として」どうありたいかの方を気にしているように思えるのよ。

それって「人として」の可能性を著しく制限している気がするの。

日本は女性議員も女性管理職も男女比で言えば諸外国に比べると圧倒的に少ない。
それは社会制度のせいももちろんあるだろう。
女性は大変だ。
某医科大では女子受験者の点数を誤魔化して男を優先させて入学させてたなんて話もあるくらいだ。

なんというか、「これは男の仕事」「これは女の仕事」みたいな感じで、イメージが勝手に固まっているんじゃないかと。

そこに対して誰も疑問を持たないのよね。

 

アメリカの映像とか見てると女性警官って結構いるのよね。
乱射事件とかの現場に普通に。
それが超かっこいいの。
これって日本じゃ考えられないことだよね。
多分みんな心のどこかで「それは女性の仕事じゃない」って思ってるんだと思うのよ。
あとは、それをやりたいっていう女性が日本には少ないのかも知れない。

別に無理に女性警官を増やせと言いたいわけではなく、あくまで一例として、男女間の職業選択の自由がもっと広がればいいと思うのです。

あと、昔、何回か行ったことのあるバーのアメリカ育ちの韓国人のマスターに「日本の女性政治家は『女性』であることを強調しすぎて結局何がしたいのかわからない。『女性』である前にまず『政治家』として何がしたいのか伝わってこない。」と言われたことがある。
小池百合子さんが都知事になれたのも別に「女性」だったからじゃなくて「政治家」として支持されたからだよね。多分。

 

なにが言いたいのかというと、男だから「男らしくなきゃいけない」、女だから「女らしくなきゃいけない」っていうのはすごく格好悪いことだなと思うのです。
「男らしい」ことも「女らしい」こともどっちも格好いいことだと思うし、僕もそうありたいけど、別に「なきゃいけない」わけじゃないよね。

 

別にいい歳したおじさんがセーラー服着て街中を歩いても良いわけですよ。

withnews.jp

 

日本人だろうと、外国人だろうと、LGBTだろうと、発達障害だろうと、キリスト、イスラム、ヒンズー、仏教徒だろうとなんであろうと、「人である」ことには変わりはないのだ。

「普通」なんてものは存在しなくて、もっとみんな自由に生きていいはずなんだ。
そういった多様性のある世の中になったらいいなと思います。

男だから強く、女だからおしとやかじゃなくてもいいでしょ。
「男らしく」「女らしく」あることは素敵だと思うけど、それを強要するのは間違っているよねというお話でした。

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