べたれば

better late than never→略してべたれば。遅くてもやらないよりマシ。元ひきこもりの雑記。

MATSUOKA IN MY HEAD

J-WAVE GROOVE LINEというラジオ番組をご存じだろうか。
平日の夕方ごろにやっていて、僕が二十歳とかそこらのころによく聴いていた番組なのだが(平日の夕方にラジオ聴いてたなんてまともな人生歩んでたら考えられない、と思ったけどタクシーとかトラックの運転手とか、職場でラジオがかかってたらありえるか。エーニーウェーイ!)、そのパーソナリティ、ピストン西沢がこんなことを言っていたのを覚えている。

 

「滝川クリステル好きな奴はおっさんだ。」

 

さっきテレビを見ていてふと「滝川クリステルっていいよなあ」ってふと思った自分に気が付いたとき、かのピストン氏の言葉がリフレインしたのである。

ということで、僕もおっさんになったんだなあとしみじみと思う三十三の夜。
さすがにもう盗んだバイクで走りだすようなパンキー・バッド・ヒップはカマせない。
(十五の夜の十五は新しい国の人口わずか十五人のことを言っているのかいないのか、シンクロニシティクロマティ)

 

さて、本題。

俺は決めたぞ。
体内に松岡修造を飼うことに。

でも松岡修造は人間なので飼うというと、いささか角が立つかもしれない。
基本的人権の尊重の観点からも憲法に違反しかねないし、ひいてはその罪の重さ故に磔(京都の磔磔ではない)にされ火あぶりの刑に処されるやもしれん。
そいつは御免被りたいわけだし、別の言い方にしようか。

 

----------------------------------考え中-----------------------------------(平成教育委員会のアレで)

 

「憑依」にしようか。

僕の中にもう一人の僕がいるとする。
いわばリトルジョンだ。(英語でちんちんのことをジョンソンっていうことがあるけど、決して僕のちんちんが小さいというわけではない。多分。)

そのリトルジョンは自己嫌悪が大好きだ。
事あるごとに自分をいたぶるのである。

仕事で失敗した → 「てめーぶっ殺すぞ」(自分に対して)
朝食のグラノーラを床にぶちまける → 「生きてる価値あんのかよこのウスノロが」(自分に対して)
鏡を見ながら → 「よくその顔でこの歳まで自殺しなかったな」(自分に対して)

 

だがそこに松岡修造があらわれた!

「頑張れがんばれできるできる、やれるやれる北京だって頑張ってるんだからふじこふじこくぁwせdrtgふじお」

とひたすらに励ましてくれるわけだ。

そんな松岡修造よろしく、今日だって人の些細な一言に激しく落ち込むリトルジョンを、全力で励ますのである。

「お前今日めっちゃ頑張ったじゃん!」
「誰もお前の良さに気づいてないだけだよ!」
「お前今日もクッソハンサムだな!」

と松岡修造を憑依させ無理やりにでも褒めちぎるのだ。
そうするとなぜだか、今日起こったささいな出来事なんて不思議とどこかへと消えていった。

ということで、これからは何か落ち込むことがあっても、自分を無理やりにでも褒めちぎることにした。

根拠がなくたっていい。
むしろ今まではホメなさ過ぎた。

ということで、より憑依の完成度を上げるためにイタコに教えを乞うことにした。
修行のためしばらくは帰りません。

じゃあの。

(日めくり)ほめくり、修造! ([実用品])

(日めくり)ほめくり、修造! ([実用品])

 

 ↑(実用品)ってどういうことだってばよ。(日用品)もあれば(嗜好品)、(贅沢品)もあるってことかい?

いかんいかん、そろそろ行く時間だ。
今度こそ、じゃあの。

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