better late than never

略してべたれば。5年間引きこもった末にようやく社会復帰。「遅くても何もやらないよりマシ」をモットーに、社会復帰までの経緯や興味関心、今考えていることなどを書いていきます。

一人で生きる覚悟を決めて、大切な人の死を乗り越える

f:id:JohnRTylor:20171024212239j:plain

ジョン(@johnrtylor)です。

 猫の死から5日が経ち、悲しみもだいぶ和らいできました。
未だに色々と思い出して、寂しさと悲しみが襲ってくる時もありますがなんとか元気に過ごしています。

先日、お世話になっていた病院からお悔やみの花が送られてきました。
病院の先生もスタッフの方々も、本当に良くしてくれていたしこの花を見て、僕の猫がいろんな人から愛されていたんだなということを実感して、とてもうれしい気持ちと、切ない思いが同時に押し寄せてきました。

以前も書いたようにいつまでもくよくよしているつもりはありません。
というか、もうくよくよはしていません。
以前と変わらず、いつも通りの日常を享受しています。
変わったのはそこにいるはずの家族が、もういないということだけです。

我ながら思いのほか立ち直るのは早かったです。
悲しみに暮れてめそめそしてもしょうがないんです。
残されたものは前を向いて、去った命の分まで生きていかなくてはならないのです。

失ったものがどれだけ大切なものだったかは、どれだけ深い悲しみにつつまれて、どれだけの時間悲しみ続けるのかに比例してしまいがちです。そして、落ち込み続けることによって、いかに死んでいった者が大切であったかを、自分にも周りにも示したいんだと思います。すぐに立ち直ってしまっては、じゃあ本当は大切に思ってなかったんじゃないのかと、考えてしまいそうで怖いからです。
しかし、僕はそうあるべきではないと考えます。

残されたもの達の人生は続いていきます。
果たして、その去っていった命なしでは生きていけないのでしょうか。
否。決してそういうわけではありませんよね。
最低限の生活費と、住むところがあれば生きていくことはできます。
誰かに依存しすぎてしまうと、その人なしで生きていくのがとてもつらいことになってしまいます。
お互いに依存しあっていると、一つに溶け合っているようでとても心地がいいですが、失った時も自分の体の半分をこそぎ取られたような気分になり、そのつらさは計り知れないものになります。
だから僕は一人で生きていけるようになりたい。
自分の足でしっかりと歩けるように。

一人で生きていくということを幸福の最低ラインに設定しておけば、たとえ誰かを失っても悲しみを抑えやすくなるんじゃないかと思っています。
一人でも幸せなんですから。
それを誰かと生きていくことで、より幸せになれるというだけの話だという考えです。

だから、恋人(将来できればの話)にも家族にも僕がもしいなくなったとしても、自分自身を大切にして強く生きていけるようで、あってほしいです。
最悪忘れ去られてもいいです。それで残された人たちが強く生きていけるのであれば。
まあ、僕が猫のことを忘れられないのと同じように、それはなかなかに難しいことかも知れませんが。

ということで、僕は一人で生きていけるようになる覚悟を決めました。
まだ30代前半なので、これから先どのように考えが変わるともわかりませんが、今は強くそう思っています。

Copyright Ⓒbetter late than never All Rights Reserved.