べたれば

better late than never→略してべたれば。5年間引きこもった末にようやく社会復帰した発達障害(ADHD)持ち。「遅くても何もやらないよりマシ」をモットーに、社会復帰までの経緯や興味関心、今考えていることなどを書いていきます。

Little by little, better and better

ジョンです(@johnrtylor)。

 

集団で生きるということはとても疲れることです。
みんながみんな好き放題に自分の意見を主張します。

そして意見を主張できない弱者はそこにつけこまれて、さらに言いたい放題言われます。

別に意見を主張することはいいことだし、お互いがみんな自己主張ができる世の中こそが健全だと思っているし、主張ができないことが悪だということもわかっています。

僕はと言えば誰からも嫌われないように、みんなにいい顔をして日々神経をすり減らしています。
それが良くないことだというのもわかっている。

僕には誰かが誰かに傷つけられていても、それにNoと言える勇気なんかない。
というか誰に何を言われようとも傷つく必要なんてないし、自分は自分で生きていけばいい。それもわかっている。

でも僕にはそれができない。
できないというより、ただやろうとしていないだけでもある。ただの臆病者だ。
事なかれ主義とはまさに僕のことである。

たくさんの人と関わりながら生きていくということはとてもしんどいです。
どこか遠くの山奥で一人でひっそりと暮らしたい。
あ、インターネットと電気ガス水道、冷暖房は完備、徒歩5分の所にコンビニのあるところでお願いします。
寂しくなったらいつでも誰かが遊びに来てくれて、ついでにMacの最上位機種とその他諸々備えたレコーディングスタジオもあれば完璧です。

 

そこそこ本気で将来フリーランスとして生きていく道を最近考えています。
まだ、どうやって稼ぐのかもわからないし、へらへらと社会人やってた方がもしかしたら楽かも知れない。というか、絶対楽だ。

でも今の自分が本当になりたい自分なのかと問われれば答えはNOだ。

前の倉庫内でバイトしてた頃は、就職して普通の社会人として生きていく自分を夢見ていたし、それがその時の僕がなりたいものだった。
でもいざなってみると大していいものではなかった。

覚悟はしていたし、予想もしていた。何があっても頑張るつもりだったけど、このままで人生を終わらせるつもりは毛頭ない。

でも、今の道を選んだことに対しては全く後悔はしていない。
やっぱり経験してみないとわからないし、去年、おととしの僕よりは確実に進歩している。
状況はよくなっている。

5年間引きこもった男がよく頑張ってると我ながら思うよ。

これからさらに僕の人生を豊かにするために———それは経済的な意味合いではなく———この世に生きる喜びそして悲しみのことをかみしめながら生きていけるということだ。
ある日パパと二人で語り合ったあの歌のように。

幸か不幸か僕には恋人も子供もいない。
寂しくはあるけど、自由だ。

自分のためだけに生きていられる。

とりあえず今の仕事は続けられる限り続けます。
どこまで心がもつかはわからないけれども。

僕の今考えていることが実現することはないかも知れない。
道のりは平たんではないだろう。
5年後か、あるいは10年後か、一生かかっても無理かも知れない。
気づいたら普通にサラリーマンとして生きられるようになっているかも知れない。

でも次のステップに進んでいくために、やれることはやっていきたい。
何をするかもまだ決まっていないのにやれることだなんて、へそで茶が沸くようなものかも知れない。

 

でもこのまま終わりたくはない。
さあ、何をしよう。

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