べたれば

better late than never→略してべたれば。遅くてもやらないよりマシ。元ひきこもりの雑記。

他人の評価、気にしない

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※この記事は筆者の経験をもとにしたフィクションです

デトックスとセラピーとして、幼少からの黒歴史を垂れ流したいと思います。長いし別段面白くもなく、暗い話なので読まない方が良いよ。

 

 

他人の目、砂場に空いた落とし穴

僕は物心ついたときから常に人の目を気にしながら生きてきた。
なぜだかはわからない。

3-4歳の頃だろうか。春先の寒暖の差が大きい時期、保育園のみんなが長袖を着てくるか、半そでを着てくるかやたらと気にしていたのだけれど、この頃からみんなと同じでなくてはならないという思いがあった。別に一人だけ長袖、あるいは半そでを着ていようと誰も仲間はずれになどしなかったのに。

当時から僕は仲間外れになることを極度に恐れていたように思う。
近所のいじめっこにいつも仲間外れにされていたからだろうか。
ある日、そのいじめっこが珍しく遊びに誘ってくれた。
一緒に砂場で遊ぼうと言ってくれたのだ。
僕はとても嬉しかった。

「ねえ、砂団子ってどうやって作るの?僕いつも作ろうとするんだけれど、なかなかうまく固まらなくて…」
「うん、じゃあオレが教えてあげるよ!」
小さい子供特有のイントネーションの一人称で彼は答えた。イチゴオレ、バナナオレ、フルーツオレ、みたいな感じで。

僕が嬉々として砂場に一歩足を踏み入れた瞬間――視界がブラックアウトした。
そこには大きな落とし穴が掘ってあった。
何が起こったのかわからずに必死に手足をじたばたと動かすも、穴の中に仕込まれた大量の泥水が体の自由を奪う。うまく抜け出すことができない。
そんな僕を見て、いじめっこたちはとても楽しそうに笑っていた。

僕はとても悲しかった。声の限り泣き叫んだ。
ようやく落とし穴から抜け出すも、そこにはもう彼らの姿はなかった。

そんなこともあってか、誰からもいじめられないように、はみ出さないように、みんなと同じでなくてはならないという考えが知らない間に芽生えてしまったのかも知れない。

ドラゴンボールで友達百人できるかな

そんな僕も気が付けば小学校へあがっていた。
友達百人できるかな。
期待と不安を胸に、緊張した面持ちで入学式を迎えたのではないかと記憶している。

入学式から数日後のこと。
クラスのガキ大将的なやつらが話をしていた。
何の話だったろうか。多分ドラゴンボールだったろうか。
ドラゴンボールは僕も大好きだったので、「ドラゴンボール面白いよね!僕も好きだよ!」みたいな感じで会話に参加しようと試みた。
しかし返ってきた言葉は期待していたものとは180度違うものだった。

「うわあ、こいつなんかいきなり話に入ってきたんだけど」
「あんま調子乗ってんじゃねえぞ」

それ以来彼らは僕をいじめてくるようになった。

「ドラゴンボール好きなんだろ?だったら闘うの好きだよなあ!」

闘いごっこと称したリンチが毎日のように繰り広げられるようになる。

この時に学んだ。
人の会話に無作為に参加してはいけないのだと。

父親からもよく言われていた。
「大人が話しているんだから子供のお前は黙ってろ!」
そうだ、家でも学校でも僕に発言権はなかったのだ。

それでも仲良くしてくれる友達はいたので、まったく孤独というわけでもなかった。自分で言うのも恥ずかしいが、周りからは結構好かれていたのではないかと思う。男女分け隔てなく仲良く遊ぶことができていた。

右から左で少年野球

小学3年生になると学校を休みがちになった。
宿題もやらず、忘れ物ばかりする僕を先生は叱責した。僕には集中力がなかったから、朝のホームルームで先生が言っていたことも右から左だった。だから教室の移動などがあるときは、いつもみんなの様子を見ながら次に何をするべきかを読み取っていた。そうやって人の動きに注意を払うことが、僕の次の行動の指標になっていった。こうして主体性を失っていったのだと思う。周りと同じように動けなければ先生から叱られるからだ。
僕は叱られることを極度に恐れた。なぜだかはわからないが、叱られると自分の存在全てを否定されているようで、動悸がし、嗚咽を抑えることができなかった。物心ついたころから両親が怒鳴り合いの喧嘩をしていたので、大人に怒られることがとても怖くなったのかもしれない。子供にとって大人とは絶対的な存在である。腕力では間違いなく勝てないし、そんな大人が声を荒らげて正気を失っている姿は子供にとって恐怖以外の何ものでもないのだ。そんな時の僕は、嵐が過ぎ去るのを穴の中で静かに待つ野兎のように、布団の中で身を丸めて小刻みに震えていたのを覚えている。

学校を休みがちになってはいたものの、友達(といってもいじめっこの一人だが)に誘われて少年野球チームに入った。野球は物心ついたころから好きだったし、体を動かすことも好きだった。
野球チームでは、新しい友達もできた。年上年下関係なく仲良くチームに溶け込めていたように思える。
監督は鬼のように恐ろしく、サインを見逃したり指示に背こうものなら鉄拳制裁も辞さない人だった。エラーをして平手打ちを食らい、鼓膜が破れた子供もいた。その一部始終をベンチで見ていた僕は、恐ろしくて試合に出たいとは全く思えなかった。

布団から出ると鳴る電話

小学5年生の頃だ。僕が野球をやるきっかけになったいじめっこが、何人かの取り巻きを連れて帰り道で僕のことを茶化してきた。この時も僕は学校を休みがちだった。

「野球には来るのに学校には来ないんだな」
「お前最近調子乗ってるよな」
「もう野球にも学校にも来るなよ」

僕は走った。力の限り走った。涙が止まらない。うまく呼吸ができない。でも走った。家に辿り着き、僕の様子を見た母親が心配そうに駆け寄ってきた。僕は事情を話した。

「もう学校には行きたくない」
「そんなにつらいのなら行かなくていいのよ」

こうして晴れて(?)本格的に引きこもるようになった。
家にいると毎日のように電話が鳴った。僕は恐くて出ることができなかった。学校の先生からだったら、学校に来ないことを怒られるのではないかと思ったからだ。電話はひっきりなしに鳴った。ベルの音で気がふれてしまわないように、電話が鳴ったら布団にくるまってやり過ごした。しかし、まるで僕の気配を感じ取っているかのように、僕が布団から出ると電話はまた鳴り始めた。そして僕は布団からも出ないようになった。布団にくるまって見るがんこちゃんは特別面白いとも思わなかった。

後に学校へは行くようになったが、少年野球は辞めた。

中学はセンセとパイセン偉いのよ

中学に入ると地域の別の小学校出身の生徒たちとも関わるようになる。
その中には僕が野球をやっていたころのチームメイトたちもいた。
中学に入ってから適応するのに苦労したのは、教師生徒、先輩後輩の上下関係だ。小学校の頃はタメ口で話していた教師、自分より学年が上の人には敬語を使わなくてはならなくなった。そう、かつてのチームメイトたちにも敬語で接しなくてはならなくなったのだ。
僕にはそれがどうにも馴染めなかった。前まで自然に友達のように接していた彼らが、中学に入ると先輩となり、敬語を使わなくてはならなくなっていた。
それともう一つ戸惑ったのは、小学校の頃にとても仲良くしていた友達が中学に上がると急によそよそしくなった。廊下ですれ違っても目をそらされるのだ。
こういった変化にうまく適応することができなかった。しかし、まわりは平然とそれが当たり前のことのように受け入れていた。
なぜ僕だけ人と同じようにできないのだろう。人と同じように振る舞おうとすればするほど、自分が自分ではなくなっていくような乖離性が大きくなっていくのを感じた。
環境にうまく適応することができずに、また次第に学校へと行かなくなった。外を歩けば誰かに会うのが嫌だったので、ほとんど家からも出なくなった。

中学の3年間を振り返ると、全体の3分の1も出席しなかったのではないかと思う。人と同じでなくてはいけないという強迫観念から、同じになれない自分を世の中から守るため、自らの殻へと閉じこもってしまったのだろう。

人の目は気にしない、わかっちゃいるけど難しい

社会人になった今でも、その強迫観念というものは拭い切れていない。今も僕の心の奥底に深く根差している。人と同じように人の悪口を言い、人を貶めて自分を大きく見せようとは思わない。先輩後輩、年上年下、こういった謎の上下関係のルールに適応するのに今でも苦労している。他方で、そういった環境(宗教にも近い考え方)のもと育ったものだから、後輩や年下から生意気な口を叩かれると少しばかりムッとしてしまう自分の度量の小ささにも嫌気がさす。(それでも年下で僕のことを慕ってくれている人がそれなりにいたのは、僕がなるべく対等に付き合うよう努めていたからだという自負がある)
今思えば僕は適応障害でもあったのかも知れない。だからどうというわけでもなく、これからの僕に必要なのは他人の評価を気にせずに、図太く生きていける気持ちの強さを身に付けることなのではないかと思っている。そのために自己肯定感を育むことはとても大事だ。誰が何と言おうと僕は僕でしかないのだし、誰かの望む僕には、近づくことはできたとしても、決してそれを自分自身のものとすることはできない。
自分が正しいと思った道を進むしかない。人にとってそれが間違いだとしても、僕にとっては正解なのだ。そもそも正解なんてものは、この世に存在しない。あるのは、多数派か少数派か、道徳や倫理観からくる常識というものさしにどれほど近いか否かだけだ。

そう、正解などない。余計なことは考えずに、ただ歩を前へと進めるだけ。できるかできないかは別として、気持ちだけでもそう思っていたい。