世の中にはとてもたくさんの問題が蔓延っているように思います。
その問題とは人それぞれ様々なものがあるだろうし、グローバルなものから、とてもパーソナルでミニマムなものまで、ひとつずつ挙げていけば400字詰めの原稿用紙が何枚あっても足りないだろう。
しかし、ここは遥かなる太平洋、あるいは小宇宙とも形容出来得るインターネット!サーバーの容量が許す限り書き放題なわけである。
小宇宙(コスモ)を感じろ!
Unicodeにもよる(?)んだろうけど、全角1文字4バイト(?)で、果たして何文字あればはてなのサーバーをダウンさせることができるだろうか。
そんな天文学的な数字に思いを馳せてしまうと、脳内のメモリが何百テラバイトあっても足りないので本題に入ろうと思います。
この前電車に乗っていた時の話。
脚の不自由な女性が乗ってきた。
座席に腰かけていた僕は膝の上に広げた本に夢中なフリをして、気づいていないような風を装っていた。
でも、席を譲ろうかな、どうしようかななどと考えてしまい、本に集中することができなかった。
僕の近くには疲れ切ったおじさんが干された干物のようにつり革にぶらさがってる。しかし、目だけは狡猾さを完全には失ってはいなかった。ガゼルを探し回るライオンのように、空きそうな座席はないものかと、その瞳の奥に微かに残る鋭い輝きはまさに、獲物を狙っている肉食動物のそれだ。
今、席を立てば間違いなくこの干物おじさんは僕の席を占拠することだろう。
さあ、どうしたものかとあれやこれやと考えているうちに、一人のイケメンが立ちあがりその足の不自由な女性に声をかけた。
清潔感のある白のTシャツの上に、秋晴れに映える爽やかなブルーのシャツを羽織り髪は短め、絵に描いたような好青年だった。
その隙を見て干物おじさんはすかさずイケメンの席を占拠した。
車内に緊張が走る。
誰もがその干物おじさんに対して負の感情を抱いたことだろう。
「テメーこの野郎!」と。
僕もその例外ではなかった。
イケメンはそのおじさんに気が付き一声かけた。
僕はイヤホンをしていたから彼が正確には何て言っていたのかはわからない。
でも、物腰柔らかにその女性に席を譲ってあげられないかということを伝えたのだろう。
干物おじさんはしぶしぶと席を譲った。
そしてバツが悪そうに空いている席を求めて隣の車両へと消えていった。糸の切れた凧のようにフラフラと無軌道に。
結果その女性は席に座ることができた。
めでたしめでたしだ。
しかし、それと同時に僕の中では何とも消化しきれない思いが胸の内に広がっていった。それは、刃物で開かれた傷口から血液がゆっくりとその赤色でフロアを徐々に染め上げるような、生温かな禍々しさを孕んでいた。
まず、思考がすぐに行動に伴わなかったことに対する自分自身への怒りがあった。
自分が可愛くて一言声をかける勇気を持てなかった自責の念だ。
なんと臆病で小さき心の持ち主であろうか、自分という人間は。干物おじさんを言い訳に席を譲らないという選択をしたのである。
「疲れてるし座ってたいな」
「声をかけて断られたらどうしよう」
「声をかけている間に干物おじさんが席に座ったらどうしよう」
「声かけて断られた挙句に干物おじさんに席取られたら最悪じゃね?」
全ては自身の羞恥心がもたらした自己防衛のためだけの思考アルゴリズムだ。
しかし、そのイケメンはいとも簡単にそれらの障壁を乗り越えて目的を達成してしまったわけである。
身も心もイケメンなわけである。
たまたま同じ電車に乗り合わせただけの彼のことは何も知らないけれども、彼の人生がこれからうまくいくことを心から願っているし、ビールを1杯おごらせてほしい。そんな気持ちにさせられた。
そして自分という人間の浅ましさに心底嫌気がさしたわけである。
じゃあ、行動に起こせばいいじゃんって言われるんだろうけどさ。
確かにそのとおりだ。反論の余地はない。
優しい顔して世界平和だの人権尊重だの人に親切にしたいとか、いくら大言壮語を並べたって、座席ひとつ譲れないような僕には何にもできやしないんだ。
思っているだけで実際に行動に起こさない、あるいはあれこれと理由をつけて言い訳を並べ立てる僕のような偽善者には人々にはなってほしくない。
もし、あなたが強く優しくありたいと思うのなら、僕を反面教師として実際に行動を起こせるような勇気を持ってほしいなと思うのであります。