べたれば

better late than never→略してべたれば。5年間引きこもった末にようやく社会復帰。「遅くても何もやらないよりマシ」をモットーに、社会復帰までの経緯や興味関心、今考えていることなどを書いていきます。

期待はされたくないけど認めては欲しい

ジョジョジョジョンウェーイブ!(J-WAVE的なノリで)

おっすおっす、みなさんご機嫌いかがでしょうか。
僕は毎日死にたいと思うことはあっても、死なない程度には元気です。

みなさんは期待されることは好きですか?
僕は嫌いです。

全く期待されないよりはマシですがそれでも嫌いです。

期待をされるということは良いことだと思うし、純粋に嬉しいですしその人にとって自分が少なくとも必要とされているということの表れでもあります。

でも嫌いです。

期待されるということは、その期待に応えなくてはならない。
その自信が僕にはない。

 

この前、会社で今後のキャリアについての面談があったのですが、上司二人に囲まれてチクチクと重箱の隅をつつかれました。
これは完全に言い訳ですが、僕はまだIT業界に入って4ヶ月ちょっとのペーペーです。
なので、この業界に対しての自分の立ち位置もまだよくつかめていないし、正直これからどのように自分が立ち回るべきかなんて皆目見当もついていないわけです。
でも32歳という年齢を考えると、そんな悠長なことは言ってられないし、それを言い訳にしちゃいけないのもわかります。

まあ、ぶっちゃけると、「さっさと仕事に慣れて無理しない程度に頑張った感を出して、適当なポジションに落ち着きたい」というのが本音です。

そんななか、社長から直々に「期待している」「数年後には会社の海外事業部の若手をまとめられるようになってくれ」「将来は責任のあるポジションについてもらって、成長してほしい」なんて言われたもんだから、プレッシャーに押しつぶされそうなのです。(みんなに同じこと言っている可能性も無きにしも非ずですが)

期待してもらえるのは嬉しいし、素直に喜ぶべきで、そういったお言葉をいただけるのはとても光栄なので、それを粋に感じて頑張るのが筋なのでしょうが、あまり気が乗りません。
僕にそんな能力があるとも思わないし、今僕は「いかに人と関わらずにお金を稼ぐか」を悶々と模索している最中なので、とてもじゃないけど僕には荷が重すぎるのです。

でも向上心をなくしたら、会社にとっての利益にはなり得ませんし、頑張らなくちゃいけないのはわかってはいるんですが、如何せん期待されてしまうとそれに応えなくてはならないという思いから、フットワークが重くなるのです。

結果を出さなくてはならないといったプレッシャーは、僕の心を蝕みます。

英語も資格の勉強も好きだけれども、それが義務になってしまうと全く楽しくなくなる不思議。
趣味でやる分には、やること自体に意味があって、「やってる俺意識たけー」と思えるのですが、「やらなくてはならないこと」なってしまうと、頑張るのがデフォになってしまい、精神的に参ってしまうのです。

頑張ってようやくプラマイゼロ。

だから楽しくなくなる。

そもそも頑張った時点でその頑張りを認めて欲しいものです。
しかし、そうは問屋がおろさない。
会社としては1円でも多く利益を生み出せる人材こそが大事なのですから。
結果出してなんぼの世界なわけです。

自ら飛び込んだ道だけれども、やっぱり簡単ではないっすね。

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