べたれば

better late than never→略してべたれば。遅くてもやらないよりマシ。元ひきこもりの雑記。

進むべき方向がわからなかったとしても

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何度時刻を合わせても、勝手に進みすぎてしまう時計のように、時に僕は先を急ぎ過ぎてしまうことがある。結果を求めすぎてしまうというか。

何をするにしても、今やっていることが自分の将来に活きてくるのかどうか確信が持てなくなり、意欲を失ってしまうのだ。
あるいは、やる前からあれやこれやと色々と考えてしまい、不毛にただ時間だけが消耗されてしまうことだって珍しくない。

そういう時は決まって自分の方向性を見失っている時だ。
地図は持っていても、現在地と方角がわからなければどこへもたどり着くことはできない。
実のところ今書いているこの文章だって、目的地は決まっていない。
ただ思いつくままに思いのたけを綴っているだけなのだ。

 

僕の中で翻訳者になりたいという気持ちが日に日に高まっている中、何を最優先事項として行動を起こすべきかの指針や、アルゴリズムのようなものがいまいち定まっていない。
会社の目標管理で掲げた「基本情報技術者試験」の勉強もしなくてはならないのだが、そちらの方にはあまり身が入らなくなってしまった。
興味の対象があちこちへと無造作に移ってしまうのは、僕が抱えているもっとも大きな問題の一つだ。
休日にその資格の勉強をすればよいのだろうけど、どうしても「会社のため」とか「キャリアのため」といった強要や強迫観念が脳裏をかすめ、気持ちを切り替えることが出来なくなってしまい、それが嫌なのでどうにも重い腰が上がらない。
やはり休日には脳を切り替えたいのだ。会社や仕事とは全く関係ないことをやりたいのだ。

もちろん発想の転換で「自分のため」だと思って頑張ればいいのだけれど、その転換作業にはそれ相応の気力を要する。
読書や考え事、勉強といった、頭を働かせることは好きなのだけれど…。ともすれば、自分の中で勝手にやらない理由をでっちあげてしまっているだけなのかも知れない。

それこそブログなんて書いてないで、その時間を勉強に充てればいいのはわかっている。だがなぜだか意欲が湧いてこない。

 

とりあえず一つ言えるのは、考えるだけ考えて結局何もしないことこそが何よりも意味のないことなのだということだ。
ということで、資格の勉強をしない免罪符として(?)とりあえず「何か」はしようと思う。

翻訳の勉強か、読書か、そういったなんやかやを。
そうしているうちにコンパスだって手に入るかも知れないし、現在地だってわかるようになるのかもしれないのだから。
なんでもかんでも最短距離で進もうとしてはだめだ。
とりあえず、一息ついて時計の時刻は合わせてやろう。