better late than never

略してべたれば。5年間引きこもった末にようやく社会復帰。「遅くても何もやらないよりマシ」をモットーに、社会復帰までの経緯や興味関心、今考えていることなどを書いていきます。

猫とお別れする時が来た

朝、いつもより1時間遅く目が覚める。外は雨だ。
昨夜はなかなか眠りにつくことができなかった。
毛布の上で冷たく横たわっている林檎の姿を見て、昨日の出来事が夢ではなかったと悟る。

午後11時頃。
妹の携帯電話に何度も着信がある。
彼女はちょうど、うとうとと眠りにつこうかというところだった。
電話の主は動物病院の先生だ。
彼女はその知らせを聞いて眠っていた僕を起こしに来る。

「林檎が死にそうだって」

僕は慌てて服を着替え、出かける準備をする。
妹と2人で病院へ向かう。途中から雨が降り出した。

病院へ着くと入り口は黄色いプラスティックのチェーンで閉ざされている。
僕らはそれをまたぎ院内へと入る。

院内では手術台の前で一人立っている先生の姿があった。
いつも着ているブルーのシャツとは違うラフなパーカー姿で。

台の上には猫が横たわっている。
何本も管でつながれて意識はもうない。
かろうじて上下する腹部と不規則な電子音だけが、彼女がまだ呼吸をしていて心臓が動いている数少ない証明だ。
声をかけても返事はない。

「もう難しいかもしれない」
先生はいろいろとここまでに至る経緯と処置を細かに説明してくれたが、あまり耳に入ってこない。最後の”難しい”という言葉だけが耳に残る。その言葉が何を意味するのかだけはすぐにわかった。
一つの命が終わるのだと。

先生は泣いていた。「もう少しどうにかしてやれなかっただろうか」と。
その言葉には強い後悔の念がにじんでいる。
妹も泣いていた。たくさんの思い出をかみしめるように、心から別れを惜しむように。
僕も泣いた。強くならなきゃいけない、泣かないと決めていたのに。

生命維持装置を外し、家に連れ帰ることに。
装置を外すと家に連れ帰る間にも、息を引き取ってしまうらしい。
それほどまでに彼女の灯は弱くなっていた。

先生にお礼を言い、病院を出ると雨は行きよりも強くなっていた。
僕たちの悲しみの深さに比例するように。

帰り道では僕も妹も何気ない会話を交わしながら歩いた。
悲しみを紛らわすかのように。

家に着くとすでに呼吸は止まっていた。彼女をキャリーから出してやり、妹と二人で最後の別れを惜しみながら、彼女の体を優しくなでた。それが10分だったか20分だったか、あるいは数時間だったかは定かではないが、永遠とも一瞬ともいえるような不思議な時間だった。
まだかすかに温もりは残っているものの、真っ白に血色を失った肉球が、彼女の魂がその肉体にとどまっていないことを告げていた。

火葬の手はずを済ませ床に就こうとする。
眠れない。
今までの思い出がフラッシュバックする。
彼女はとてもさみしがり屋で僕が布団に入ると、くっついてきて寄り添ってよく一緒に寝たりした。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら布団の上で足踏みをする。
おなかをなでてやると嬉しそうに横たわる。
10分くらいで満足して自分の寝床に戻る。
布団に入ってももう彼女が僕の横に寄り添うことはない。

別れは突然にやってくる。
また良くなって元気な姿を見せてくれると思っていたけど、それも叶わずに彼女はこの世を去った。
インシュリン注射打ち忘れ防止のアラームが鳴り響くことはもうない。
彼女のトイレも、まだ未開封の砂も、ご飯を入れる銀のお皿も、お水を入れるお椀も、全部もう彼女のために使うことはない。
すり寄られて服に毛が付くことに文句を言うこともなくなる。
爪とぎでいたるところボロボロになった柱や壁紙は、彼女がこの世に存在していたことの証だ。

目が覚めてすべて夢ならどんなに良かったことか。
雨がこの悲しみをすべて洗い流してくれないだろうか。

両親にも昨晩の一部始終を話す。
涙をこらえるのに必死だった。
声は震えていた。

仕事に向かう前に最後の別れの挨拶をする。
今にもむくりと首を起こしてこちらを見てきそうだが、当然ながら反応はない。
「りんちゃん、行ってくるね。バイバイ」
職場では何事もなかったかのように振る舞う。
仕事中もずっと猫のことを考える。
仕事場の有線ではBump Of Chickenのsupernovaがかかる。
「本当の大事さは、いなくなってから知るんだ」
今の気持ちに呼応するかのように、歌詞が心に痛いほど沁み込む。

仕事を終え、家に帰ると彼女はすでに骨壺に納まり小さくなっていた。
形あるものはいつか壊れる。
彼女の肉体もまた、焼かれて灰になった。
13年1か月という短い人生に幕を閉じた。

今は悲しいし、つらいけど、思い出に縛られるのではなく、背中を押してもらえるように前を向かなきゃいけない。
でなければ、死んでいった林檎も浮かばれない。
お別れするのは寂しいけど、きっとどこかで見ていてくれるよね。
僕もそのうち会いに行くから、それが数年後か数十年後かはわからないけど、その時にはまた一緒に遊ぼうね。

さようなら。ありがとう。

Copyright Ⓒbetter late than never All Rights Reserved.