べたれば

better late than never→略してべたれば。遅くてもやらないよりマシ。元ひきこもりの雑記。

【映画】レディ・ガガ、ブラッドリー・クーパー主演の「アリー/スター誕生」を観てきた

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はてなでは シュガー・ラッシュ:オンラインの感想を書くと5万円貰えるらしいっすね。しかし、そんなはした金に踊らされる私ではなーい!!

いや、本当は5万円喉から手が出るほど欲しいけど、喉から手が出るうまさのプリングルス片手に、レディ・ガガ主演の映画「アリー/スター誕生」(A Star Is Born)を観てきました。(相変わらず洋画の邦題はだせーな笑)

 

特に特別なことは書きません。変哲のないレビューを書きます。

結論から言おう。
クソ良かったよ。

おススメ。
だからみんなも観よう。

以上。

 

 

いや、もう少し真面目に書きましょうか。はい。

 

あらすじ

トレーラー↓

www.youtube.com

歌姫を夢見て、ゲイバーで夜ごと歌うレディ・ガガ演じるアリーがひょんなことから、ブラッドリー・クーパー演じるロック・スター、ジャックに出会ったのがきっかけで物語は動き出す。

ショーの後にふと立ち寄ったバーで歌っていたアリーの歌声にジャックが心を惹かれたのだ。

かのゲイバー閉店後に場所を変え2人で飲みなおし、お互いのパーソナルな話題を語り合ううちに、2人の関係はより親密なものへとなっていく。
アリーの才能に惚れたジャックは、彼女に自身の歌を書くように強く進めるも、アリー本人は自らの外見に自信が持てず、夢を諦めていた。過去に曲を持ち込んだこともあったが、そのたびにその容姿についていい評価を得られなかったからだ。音楽的な才能は認められていたにも関わらずだ。

しかしジャックはその才能を埋もれさせておくのを惜しいと感じたのか、彼女を自身のショーのステージに上げることにした。
最初は怖気づいてためらっていたアリーだが、ひとたび観衆を前にするとその歌声はまたたくまに会場の空気を支配してしまった。

このライブ映像は衝撃波が広がるようにネット上で拡散され、アリーはスターダムへの階段を上り出すのであった。

 

 感想(ネタバレほぼなし)

はい、と、ここまではどこにでもあるようなあらすじを書きました。
ここからはネタバレは最小限に抑えて、面白おかしく、愉快に楽しく、時には残酷に、時にはハードボイルドに感想を書いていきますよ。

イケメン、ブラッドリー・クーパー

何が良かったってねえ。なんと言ってもジャック役のブラッドリー・クーパーがカッコよすぎるのよ。
生まれ変われるなら彼のような男らしさを兼ね備えた男になりたい。
ジャックはアリゾナ出身という設定なのだけど、所謂南部訛りというのだろうか、あの舌っ足らずな感じがワイルドさに磨きをかけていた。
んで、調べてみたらブラッドリー・クーパーはフィラデルフィア出身なんだそうな。
フィラデルフィア訛りがどんなもんか知らないけれど、アメリカの東の方だからボストンとかニューヨーク足して2で割ったようなアクセントなんじゃね?(適当)

この辺↓


 フィラデルフィア訛り↓

www.youtube.com

気になって調べてみたけど、ようわからん笑
南部訛りじゃないことは確かだ。

てことは結構しゃべり方練習したんだろうね。ブラッドリー。

練習と言えば、歌はこの映画とそのサントラのために18か月練習したそうです。

Cooper undertook vocal training for 18 months to prepare.

 出典:Bradley Cooper - Wikipedia

 あらすじにロック・スターって書いたけど、ロックって言ってもいろいろあるじゃないですか。ジャックのやってたバンドはサザンロックとか、ブルースロックとか、カントリーロックとかそういった類のものに分類されるんだろうか。男くさくて泥臭い、南部の男がやってる骨太ロックみたいな。

でも調べてみたら、アリゾナは南部に定義されることは稀だそうな。
どっちかっつーとウエスタン的な。

あやうく知ったかぶって恥かくところだったぜ。
(普段から、生きてるだけで恥ずかしいだなんて言えない。恥の多い人生を送ってきましたよ、ハイ。)

劇中にAllman Brothers Bandとかかかってたから、なんか勝手にサザンロック認定したけどまあ、とにかくその曲がカッコいいのよ。(帰りの車でサントラかけて帰ったもんね。こういう時Spotifyほんと神。980円の価値は間違いなくある)

ステージから観客を見渡している視点で、スクリーンを見ていると自分がロックスターになったような気分にさせられて、鳥肌が止まらない。いつか自分もそういうステージに立ちたいと思っていた、若かりし頃の記憶が沸々と蘇ってくる。

 

ジャックのカッコよさについてもう一つ。
アリーと2人で飲みなおしていた時に他の客が絡んできて、それにアリーがキレてその客をぶん殴るんだけど、その場から退散した後のジャックの対応がカッコよかった。

殴った拳が時期に腫れるだろうことを見越して、スーパーで冷凍のグリンピース1袋と包帯買って、それでアリーの拳を冷やしてやるんだよね。

「痛むか?そのうち腫れてくると思うから、冷やしておいた方がいい。ピアノは弾くのか?(Yesとの答えに)じゃあケアしなきゃな」

イケメン!

イケメンはなにしたってイケメンだよ畜生。
拳の腫れの手当てに慣れているということは、この男なかなかのファイトクラバーだぜ。戦い慣れていやがる。
強く優しくジェントルマン!
僕なんかが逆立ちしたって敵いやしないぜ畜生。
せめて心だけでもイケメンでありたいものです。

内側からほとばしるスーパー・チャーミング、レディ・ガガ

えー、ジャック(ブラッドリー・クーパー)ばかりにスポットが当たっているので、ガガ様演じるアリーにも触れておきましょうか。

とにかく可愛かった。カッコよかった。

自分の容姿(特に鼻)に自信が持てなくて(確かに万人受けする美人ではないけど、十分美人、というか個性的な美しさを持った人だなと映画を見て思った)、夢を諦めかけていたけどジャックに鼻が魅力的だと勇気づけられ、家まで送ってもらった別れ際に自分の鼻をなぞる仕草なんて、なんとチャーミングなことか!素敵すぎて、らぶずっきゅんですよ。

世の男どもの例に違わず、僕も容姿の整った人は好きだけれど、やっぱり内面からあふれ出る魅力には敵わない。
将来そういった魅力的な人と出会った時に、ふさわしい男として自分も魅力的な人間でありたいと思います。(万が一、億が一、兆が一、いや無量大数が一の話です)
等身大の美しさに勝るものはやはりないのだ。

好きなことを真剣にやっていれば、場末のスナックで働いているお姉さんにだって、もしかしたらチャンスが回ってくるかも知れない。大切なのは空間を支配すること。好きなんだったらその好きなものに対して真摯であること。(果たして僕は自分の好きなものに対してどれだけ真摯になれているだろうか?)

それがジャックの心を打ち、チャンスをつかむきっかけになったのだから。
ステージ上で声の限り歌うアリーは美しく、内面から泉のように湧き出る生命力にあふれていた。
等身大の自分であること、これが私なのだと全世界へ向けてメッセージを届ける。

イチローがWBC優勝後に「ほぼイキかけました」と発言していたけれど、イキかけるどころの話じゃないよ。そんなことになったら。テクノブレイクだよ。日本テクノブレイク工業だよ。

 

ストーリーについても触れておきましょう。
ここからはネタバレをふんだんに盛り込んでいくので、それでも読みたい人はお進みください。↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想(ネタバレあり)

十分にスクロールしましたか?

じゃあ心置きなくバラします。なんだか誰もいないことを入念に確認してから、部屋の鍵をかけてパンツを颯爽と脱ぎ捨てるような背徳感がありますね。
そのパンツの中身を晒すかのように(おまわりさんこいつです)、僕の赤裸々な気持ちも以下に綴ります。

 

ジャックはアル中。
彼の父もアル中。
彼の母は18歳で彼を産みそのまま帰らぬ人となった。
父親が60何歳かの時の子のようで、ジャックが13歳の時にこの世を去った。

ジャックは少年時代に自殺を試みたこともあり、ベルトを天井のファン(昔の喫茶店とかでエレガントにくるくる回ってるアレ)に引っ掛けて首をつろうとしたものの、ファンごと落っこちて自殺は失敗に終わった。

その落っこちたファンは片づけられることもなくしばらくの間、ずっと床にころがったままだった。
父親はアル中だし、親代わりの兄はほとんど家に帰ってこない。誰も片づける人がいなかった。

そんな悲惨な家庭で生まれ育ったジャックは、心の中にずっと闇を抱えて生きていた。その闇がどんなものかはよくわからないけど、誰と一緒にいても誰も自分のことを心から愛してくれる人などいないのだろうという気持ちがあったのではないかと、僭越ながら推察する。
親から当たり前のように貰えるはずだった愛情を彼は知らないのだ。

唯一その心の穴を埋めてくれたのが音楽だった。
しかし、どんなに音楽で成功を収めても誰一人として本当の自分を理解してくれる人などいないのだと。
そして彼は酒に溺れていく。彼の父がそうであったように。

彼の精神状態が不安定になっていったのは、アリーが自分よりもどんどん人気者になっていくことに対する嫉妬や不安感もあったのだろう。
楽曲も歌詞も次第に浅い(Shallowな)ものになっていき、彼女が売れれば売れるほど、彼の知る彼女は遠いものとなっていった。

 

なんというか、ジャックの人生を掘り下げていくと、とても他人事のようには思えなくて、とてもつらかった。
貯金もなく年金も貰えないアル中の両親、腹違いの姉、アル中だった僕、幼少時代からのひきこもり、時折繰り広げられる家庭内暴力。

そんな家庭環境で育って、自尊心も何もなく未だに「誰からも愛されることなんてない」と思いながら今だって生きている。
僕は、もうそれはそれでしょうがないから、うまくそれと付き合いながら自分の好きなことが将来できるように努力しようと決めたからいいのだけれど、ジャックに自己を投影させて悲劇のヒーローを気取って見ていたところがある。

結局彼は自ら命を絶ってしまうのだけれど、もしつらいことがあった時に死なずに生き残ろうとする強い心を持っていられるだろうか。踏みとどまることができるだろうか。もちろん、そうでなくてはならない。

一方でアリーは一人この世に残されたけれども、強く生きていこうと決心をしたんだと思う。
ジャックが生前彼女のために書いた歌があった。
彼女が単なるポップスターではなく、彼女自身の音楽を取り戻したときのために温めていた曲があった。
物語のラストでアリーはその歌を歌う。
歌いながら彼との思い出が走馬灯のようにフラッシュバックする。

残された者たちは強く生きていかねばならない。

ノルウェイの森の主人公ワタナベが親友のキズキや直子を失ってもなお、強く生きていこうともがくのと同じように。

 

弱くてもいいけれど、それでも強くならなきゃ。深く生きなきゃ。